こんにちは。前回は「年金211万円の壁」についてお話ししましたが、今回は私の人生を支えるもう一つの柱、**「住まいの戦略」**についてお話しします。
私の不動産人生のスタートは、今思えば「最悪」のタイミングでした。
1. 1988年、バブルの絶頂。金利はなんと7%
戸建てを購入し、住宅ローンを開始したのは1988年。バブル期の金利は7%という、今では信じられない数字でした。数年経っても元本が全く減らない明細を見て、愕然としたのを覚えています。
そこからが「攻め」の始まりでした。 金利低下に合わせた借り換え、そして徹底した繰上返済。妻はパート収入をすべて返済に充て、毎月10万円以上を積み上げました。その努力が実り、20年後の2008年、50歳で完済。この時の「身軽になった開放感」が、今の私の原点です。
2. 予期せぬ家族の転換期、そして「オシドリ贈与」
60歳を過ぎ、人生は予想外の展開を見せました。 お孫さんの病気、そして私の父の介護。家族を守るため、私は父の介護を、妻は子供世帯のサポートをと、別居生活を余儀なくされました。
この時、私はFPの知識を活かし、**「おしどり贈与(贈与税の配偶者控除)」**を活用。長年苦労をかけた妻への感謝を込め、妻名義のマンションを購入し、子供家族と同居してもらう決断をしました。
私は介護の傍ら、62歳で宅建士を取得。年金の繰上げ受給や損益分岐点を緻密に計算し、「別居していても住民税非課税世帯を維持する」という、攻めのマネープランを構築したのです。
3. 「終の棲家」へのホップ・ステップ・ジャンプ
父を見送り、孫の状態も安定した今、私と妻は再び「二人で歩む老後」に向き合っています。 私たちが選んだのは、**「2027年完成予定の新築タワーマンション」**です。
なぜ、この年齢でタワマンなのか? それは、ここが「終の棲家」ではないからです。 私たちの本当のゴールは、10年以内に移り住む予定のシニア向けマンション**「中楽坊(マスターズマンション)」**。
次に住むタワマンには、3つの明確な役割があります。
- 子供家族の近くで、孫の成長を見守る
- 夫婦二人に適したサイズに「ダウンサイジング」する
- 10年後、資産価値を落とさず「中楽坊」の購入資金に充てる
実際、2025年に契約したこの物件は、入居前にもかかわらず既に10%以上値上がりしています。戸建ての売却益、資産運用の利益、そして妻名義のマンションの整理。すべてを組み合わせることで、次のステップへの資金道筋は完全に整いました。
住まいは「一生モノ」ではなく「人生の相棒」
多くの人は、家を「一度買ったら死ぬまで住む場所」と考えます。 しかし、FPや宅建士として市場を見つめてきた私の結論は違います。
「家族の形に合わせて、住まいは軽やかに着替えていい」
バブルの荒波を越え、介護と看病の日々を知識で乗り越えたからこそ言える、これが私なりの「安心できる住まい戦略」です。

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